風よ伝えて(爺さんのブラジル移住)第111段
サンタクロース
ここは、南半球ブラジル。
夏のクリスマスである。
街には、イルミネーションが飾られている。
その様子は、「もうすぐクリスマスがやってくるよ」と、お印程度の電飾で、日本で見られるキラキラと輝くといった光景ではない。
クリスマスツリーも飾られている。
夏ということで、ツリーには白い雪はない。
サンタクロースは、冬の洋服を着たままで、暑くはないのか?
サンタクロースは、この時期忙しくて着替えのティーシャツさえ持ってきていないようだ。
赤と白のティーシャツを着ればよいのに・・・。
ともあれ、寒いクリスマスを経験してきた私にとっては、今がクリスマスという実感があまり湧いてこない。
でも、よい経験であろう。
さて、お母さんの妹さんの家でパーティーが開かれた。
ジンタの運転で、ジンタ家族と伯と私で乗り合わせ出かけた。
テテは、お母さんを乗せ、別の車でのお出かけであった。
夕方6時半に到着。
私たちが到着してから、どんどんと親戚が集まり、1時間くらいの間で50人位の人になった。
やってきた人、1人、1人に握手、ハグの挨拶をした。
持ち寄った料理がテーブルに並べられ、食べ物を好きなようにとって食べる。
そして、雑談をする。
クリスマスということで、いつもと違ったパーティーと期待していたが、飲んで食べてといったことは、いつもと同じであった。
歌を歌い、お祈りするということもなかった。
このクリスマスパーティーのメインは、プレゼントの交換であった。
それ以外にいつものパーティーとの違いはなかった。
プレゼントは、1人一品用意すれば他には用意しなくてすむ。
このやり方を説明しよう。
10月誕生日会で、皆が集まった時にクリスマスのプレゼントが欲しい人は、欲しい品物と名前を小さな紙に書いて、プレゼント係(と呼ばせてもらいます)に渡す。
プレゼントがほしい人が全員用紙を提出した後に、箱の中に入った用紙をクジのように1人1枚ずつ取り出していく。
誰の用紙になるか、取り出すまでわからない。
用紙を取り出し、広げて初めて誰の用紙かが判る。
そして、その用紙に書かれた品物をクリスマスまでに、各々が用意するのである。
プレゼントの限度額は決まっている。
そして、12月、クリスマス、各々が用意したプレゼントを持ち、パーティーに参加するのである。
プレゼントを渡す時刻は、夜10時を回っていた。
先ずは、パーティー会場の家族の長男から始めた。
「〇〇」と名前を呼ぶと、呼ばれた人が出て行き、握手、お礼をいう。
そして、名前を呼ばれた人が、また次の人の名前を呼び、どんどんとプレゼントを渡していく。
私も呼ばれ、10月に書いたプレゼントを貰い、10月に引いた用紙に書いてある人の名前を呼んだ。
開けてみた。
私は、ビックリした。
私が希望した品物と違った品物が入っていた。
私が何か間違いをしたのか心配で、伯に品物が違うことを話した。
伯は、私に10月のときに私が書いた品物ではダメと伯が決め、品物を変えて書いた用紙を係にお願いしていたのであった。
伯が書いた品物が私の手元に届いていた。
だから、間違いではなかった。
10月に私が書いた用紙は、その時に、すでにごみ箱行きとなっていたのであった。
私が欲しくてたまらずに書いたのは、「ピンガ君」であった。
美味しいピンガ君はいずこへ・・・。
11時、ジンタ家族と伯と私は、皆さんに挨拶し、退席し第2ラウンドに向かった。
パーティーは、他の場所で、まだまだ続いていた。
今度は、ジンタの親族のパーティー会場であった。
お腹は満腹であるが、頑張ってみよう!
会場に着くと、ここも人、人、人であった。
子供から、御老体まで、みんな活発に団欒のひと時を過ごしていた。
私は、ビールを頂戴したが、すこし休憩したいと思っていた。
その時、「サンタクロースになって、子供達にプレゼントを渡して欲しい。」と私に声がかかった。
理解するのには、少し時間がかかった。
その内容は、本物のサンタクロースの格好をして、大きな袋を持ち、子供達にプレゼントを渡す。
毎年、持ち回りで、親戚の誰かがサンタクロースになっているようであった。
私は、恥ずかしい気持はあったが、断る理由はなかった。
即決。
サンタクロースになったのである。
隣の家へ行き、赤白の服、帽子、白い髭を付け、サンタクロースになったのである。
冬の服装で、暑いのなんのって、汗かきの私にとっては、耐えがたい状態であった。
白い髭が口に入り、話しにくい状態であった。
それでも、爺さん頑張った。
「チリン、チリン」と金の鈴を鳴らし、「ホー、ホー、ホー」と声をかけ、サンタは会場に向かった。
「ホー、ホー、ホー」は、サンタが笑う声と教えてもらった。
会場の真ん中、サンタは椅子に腰をかけた。
所々で、笑い声が聞こえてきた。
ネネが、周りの子供に「あれ、スズキサン・・・。」と教えている声が聞こえた。
嚢の中から、プレゼントを1つ1つ出し、プレゼントの箱に書いてある名前を呼んでいった。
呼ぶたびに、会場から、「オー」っという歓声が上がった。
そして、記念写真のフラッシュをあびた。
サンタはとても気持がよかった。
晴々としていた。
そして、最後にサンタは、「フェリス ナタール(クリスマス おめでとう)」と言って開場を去ったのである。
着替えをして、会場に戻ると、しきりにネネが私に話かけてきた。
ポルトガル語ではあったが、ネネは「さっきのサンタはスズキサン・・・。」と言いていると思ったので、「ノー、ノー!」と強く、そして何べんも言った。
子供にとって、サンタは本当にいて欲しいに決まっている。
夢を壊してはいけない。
其の後、パーティーはまだまだ盛り上がっていった。
会場沿いの交差点では、近所に住んでいると思われる若者の集団が「花火」を始めた。
「花火」は、日本では、販売されていないと思うが、大きな音を立てながら空いっぱいに広がり、きれいに輝くものもあった。
「花火」の音は、結構大きな音であった。
午前3時半、飲みに飲み、食べに食べたパーティーにさようならをした。
1人、1人に握手、ハグをし、「また会いましょう。」と・・・。
帰りの車、眠気はなかった。
車の窓を開けると、風は冷たく、私の頬を撫でていった。
ブラジルに来て、サンタになり、子供達にプレゼントを渡すことが出来た。
やさしい風が「よかったね。」と言っていた。
可愛い孫の顔。
まだ、郵送でしかプレゼントを渡すことしかしていない。
きっと、何時の日にか、今日のように渡せたら・・・。
この風にお願いしたら、きっと出来る・・・。
そう、思った。
私の3人の孫達は、今、アメリカにいる。
子供達 待ちどおしいは プレゼント
サンタはいつも 君らを見ている
サンタは私です・・・。
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