風よ伝えて(爺さんのブラジル移住)第63段

初めてのお使い 67歳編


 急遽、伯とミユキのところに、巻きずしとサルガドスの注文が入った。

 明日の日曜日に、親戚のおばさんの誕生日会がある。

 ミユキと伯は、大忙しである。

 お母さんも、手伝いに入っている。

 「もう少し、早く注文してくれるといいのに。」といっても、注文は注文、作らなくてはならない。

 買物に行かなくてはならないが、できる状態ではない。

 私が行くことになったのである。

 お金の種類は、もう憶えたが、使ったことはない。

 1人で、外出をしたことはない。

 67歳になっても、ないないづくしである。

 この3ヶ月間、甘えて生活して来たのだ。

 厄介な爺さんである。

 伯は、私に100ヘアウ(5千円)の札を1枚握らせた。

 爺さん1人で、出かけたのである。

 1人での「初めての外出」、「初めてのお使い」である。

 テレビでは、可愛い子供がお守りを作ってもらい、可愛い財布と一緒に首からかけてもらい、道中にカメラマンが付いていて、歌を歌いながら、買い物に出かける。

 ルンルン気分の「初めてのお使い」である。

 テレビを見ている人も、可愛さいっぱいである。

 はらはらの場面もあるが・・・。

 そこが、いいところである。

 67歳の爺さんよ!

 そんな場面はないぞ!

 お守りも、カメラマンもいないぞ!

 爺さんは、決意を固め、出発した。

 1人で、1キロ、坂道を上り。

 戌年とはいえ、亥(猪)のよう、一直線に、前を見据えて・・・。

 ポケットの、手にしっかりと、お札を握り。

 ちんちくりんの短い脚、一生懸命、交互に出し、足早に、一目散に、歩を進め。

 押し寄せ迫る、肥満の腹を、よけながら。

 タトゥーの兄ちゃん、来た時は、素早く横向き、道をあけ。

 声かけられたら、どうしよう。

 ポルトガル語は、判らないんです。

 周囲は見えず、ただ、ただ前を。

 鼻唄なんて、歌えるわけない。

 高鳴る鼓動は、増し続け。

 出て来てください、カメラマン。

 爺さん頑張り、でこぼこ道を歩き続け、やっとの思いで、たどり着く。

 爺さんは、脇目も触れずに、一直線。

 あそこにあるのは、わかっている。

 急げ、急げ、もっと急げ!

 爺さんは、間違えせずに、商品棚に、たどり着く。

 「あった!あった!いつものやつだ!」

 「やったぜ!ベイビー!」指鳴らし。

 眼の前の、眩しく輝くガラスの瓶に、感激す・・・。

 

 今日は、土曜日である。

 土曜日と、日曜日は爺さんの晩酌の日である。

 爺さんの「ピンガ」が空になっていたのである。

 いつもは、「ピンガ」がなくなると、伯が1本買ってきてくれていた。

 「ピンガ」であるからこそ、爺さんは頑張ったのである。

 いつも伯が、買っている、ピンガを両手で、すばやく掴む。

 震える両手で、しっかりと。

 「今日は、おまけだ、2本買っちゃえ!」

 爺さんの、頭の中は、ピンガだけ。

 ピンガを持ったら、即レジへ。

 他には、何も興味ない。

 いや、そんな余裕は、ないのです。

 列の前には、子連れのおばさん。

 後は、若いカップル、1組並ぶ。

 前の坊やが、話かけ。

 爺さんに、言葉かけても、判るわけがないのでしょ!

 ネネと同じに、相槌し、あとは横向き、知らん顔。

 「黙れ!坊主!話しをするな!」

 爺さん、心の中で、そう叫けぶ。

 後のカップル、よく喋る。

 「いい加減、静かにしろ!」

 ああ、イライラ イライラ・・・。

 レジは5分の、待ち時間。

 レジの順番、来たのです。

 「ピンガ」を台に、乗せました。

 100ヘアウを、しっかり握り、お札のありかを確認す。

 爺さん、百ヘアウが汗ばんで、湿っているではないですか!

 両手で広げ、札渡す。

 お釣りを貰う、手が震え。

 レジ係、「オブリガード」も何もない。

 いつもと同じで、事務的に。

 ピンガを袋に、深呼吸・・・。

 「やったああああ!」

 帰り道、爺さんは、なぜか、「ぞーさん、ぞーさん、おはながながいのよ・・・・。」なんて、心の中で歌ってしまった。

 足は、すごく短いくせして・・・。

 テレビの番組で、子供が歌うのを思い出したのである。

 かくて、67歳の爺さんは、「初めてのお使い」を終えて、「冬日和」の道をルンルン気分で、岐路に着いたのである。

 今晩の晩酌はいかがなものか・・・。


      「冬日和」 帰り道なり うかれつつ

                1人爺さん ピンガ抱えて


※  「冬日和」とは、ブラジルの冬で、ティーシャツ1枚で充分な気温で、雲がなく、爽やかな風が流れて、汗ばみもせず、カラっとして、寒くもなく、暑くもない最高の日のこと。勝手に命名しました。

  俺、こんなバカなことを書いていて、いいのか?

  ちょっと、軌道修正が必要になっているのかなあ・・・。

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