風よ伝えて(爺さんのブラジル移住)第45段
運命と選択
「つれづれなるままに・・・」と書いているが、私ごとを自分からあからさまに、自己の生活を、他人に告げるという事は、今まではなかった。
今までは、どちらかというとその逆で、自分の過去を話したこともなければ、むしろ「話さないぞ」としてきた。
今度、話をはじめると、今までと違って友の暖かい言葉が、郵便やメールとして送られてくる。
本当に嬉しい。
私のようなムチャクチャな人間に。
ありがたく感じている。
67歳まで「あっちの水は苦いぞ・・こっちの水はあまいぞ・・」と心の中の2人の自分に誘われながら、岐路に立ち迷いながらも生きてきた。
運命なんかありはしない。
運命があるとすれば、生まれた時と大宇宙に帰る時しかない。
岐路に立った時、何事も自分で選択し生きてきた。
大学を中退した事、写真家になりたい気持ちを断念した事、おふくろの面倒をみると決めた事、離婚した事、そして今ブラジルに移住を決めた事、全て、自分の選択である。
失敗であった事、それでよかった事、それは誰にでもある事と思う。
息子が大学院を卒業、そして就職し、自宅から通勤するのを見て「ああ・・私も大学を卒業していたら、あのように背広を着て、ネクタイをして、通勤していただろう。」と思ったこともある。
けれども私は、ノーネクタイで紺色の現場作業着を着て、毎日出社していた。
よいではないか、それで・・・。
その中で頑張ったではないか。
1年の休みが15日と、それこそ休む暇がない程、頑張ったではないか。
体をやられてしまったが・・・。
失敗の多い小さな生き方であった。
ただ、その時その時で、一生懸命に生きたはずだ。
失敗はそれだけの事とし、頑張った姿を大切にしたいと思う。
私なりに「充実した人生であったと、思わなくてはいけない。」という考えを持とう。
ここブラジルに移住をしたのも、運命ではない、自分の選択である。
そしてまた、これを書き、読んでもらおうと思ったのも私の選択である。
人生、岐路に立ち、今からの道を選択してまた歩みはじめよう。
運命ではない、自分の選択として。
そして、 嫌だったことは、忘れてしまおう。
選びたる 終の栖は サンパウロ
なお人生の 荒波うねる
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