風よ伝えて(爺さんのブラジル移住)第393段
83歳現役
昨日、水曜日。
午后4時、小雨のリベルダージ地下鉄駅前。
待ち合わせ。
今日1日は、グアルーリョス、ルースそしてリベルダージで買出しをし、重いリュックサックを背中に、両手は、買い物袋でふさがっていた。
雨なのだが、小雨で傘をささずに待ち合わせの日本料理店の前で、伯と2人で待つ。
4時少し回った時、角田君と1人の老人が、こちら方向に並んで歩いてくるのが見えた。
私たちと5メートルほどの近くになった時に、彼らを見つけた。
手を上げ、ここに居ると合図した。
角田君も気づき、にこやかに手を上げ、近づいてきた。
2月の愛知県人会以来の出会い。
この2月の愛知県人会で、角田君が、私たちの仕事のことで、角田君が私達を手助けできることがあるかと、私達に救いの言葉をかけてくれていた。
私は、ブラジルでの営業がさっぱりわからない・・・・・どうしたら・・・・とお願いした。
そのことを、角田君が心に留めていてくれたのです。
3月初旬、角田君からメールをもらった。
その内容は、「知人で卸業を営んでいる人がおるから、紹介するがどうなんだ・・・・」というものでした。
早速お願いのメールをした。
日時、場所を決めたメールを受けとったが、その週から連続9週間の出店予定となっていて、行けそうでないので、改めて、私の方から、日時を決めさせてもらった。
場所は、指定の場所とした。
その日、時間が昨日の午后4時ということなのです。
角田君と、卸業を営んで見える老人(とりあえず老人と呼ばせていただきます)と軽く握手をし、店内に入った。
4人でテーブルを囲み、話しが始まった。
話の内容は、内容の濃い話が多く、その話の間に、昔の懐かしいことなど会話が途切れることなく2時間が過ぎた。
この老人。
83歳で現役。
話は、若々しく、しっかりと理の適ったことを私に話していただいた。
83歳とは思えない、話しぶり、話しの内容。
気持ちとは、どんなに年をとっても、若々しくいられるものだ・・・・と素晴らしい生き方をしてみえる83歳の現役に遭えることが出来た喜びにあふれた。
この83歳の現役、日本人で、日比谷高校、東京大学を卒業し、大手商社に勤務しておられた。
お名前は、喜多さん。
その商社の仕事なのか、商社を退職されてからかわからないが、ブラジルでの生活は、半世紀を越しておられる。
角田君のメールに卸業を営んでみえるとあったが、その卸業を営んでみえるのは、当然であるが、話しの節々で、もっと大きな貿易商的な仕事をされているように感じた。
半世紀をかけ、培われた素晴らしい仕事を持っておられる。
そして、話される事柄の内容に私は、ことごとく感銘することが出来た。
「仕事のやり方は、千差万別・・・・・人がやらないことを・・・・・差別化戦略・・・・・美味ければ値段を見ずに買ってくる」など・・・
私の心は、その通り、その通り、なるほど、なるほど・・・・・。
若々しく、楽し気に話される83歳の現役。
私もそうなりたい。
2時間の会話。
ブラジルに来て、こんなに熱くなった時間はなかった。
友よ、角田君よ、有難う。
私の作った漬物、佃煮の全ての種類を、お二人にワンセットずつ、お土産に渡すことが出来た。
「どうぞ、召し上がってください・・・・・・・エスペリメンタ・・・・」
自信あるのですが・・・・・・・
前述のように「美味ければ値段を見ずに買ってくる・・・」
私の作ったものは、自分では美味いと思っている。
でも、喜多さんの言われる「美味しいもの」とは、特上に美味いということであるに間違いない。
美味さにもランクがあると思う。
私の美味いものは、その特上の中に入っていると思いたい。
そう思うと同時に、特々々々・・・・上を目指し、改良していこうではないか・・・・・・
喜多さんのような若々しい心を持ち、息をすることを忘れることなく・・・・
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