風よ伝えて(爺さんのブラジル移住)第396段
とりいぬ会からの便り
高浜とりいぬ会は、昭和20年4月から昭和21年3月の間に生れた者で、主に高浜小学校を卒業した幼馴染で作る同年会である。
終戦の年に生まれているので、人数は少なく、会員は男女合わせて85名くらいの会である。
このとりいぬ会から1通の便りが届いた。
中には、会の昨年の活動、会計報告、役員選出、会員名簿、会規約が書かれたレジュメが入っていた。
1年に1度、2月の第1週の日曜日に総会が開かれ、その時に会員に渡され、欠席者には郵送で配達されるものである。
ブラジルに来てからも会費を銀行振込で送金している。
ブラジルに来てしまったから、退会しようなんて心は毛頭ない。
会が存続する最後まで、出席出来ずとも、会の末席においてもらおうと思っている。
郵送してもらった中で、特に会員名簿に眼が向いていった。
みんな元気でいるのか・・・・
物故者名簿欄を見た。
私がブラジルに来てからの物故者はいない。
安堵した。
何時までも、元気でいて欲しい・・・・そんな気持ちで会員の名前を眼で追っていった。
3月から続くバザールの買い出し、制作、出店と忙しく、それまで気にしていた“ブラジルに来て4年”を忘れていた。
4年前の4月23日、関空のポストに御世話になった方々に御礼状を送るため、100通余りの封書をポストに入れた。
あれから4年・・・・・早いものだ。
ブラジルの不景気、対円のヘアウ安、そして今から始まる伯と私の食品工場の整備と設備導入。
やらねばならない。
だから・・・・何時、日本に帰ることが出来るのか・・・・・出来ないかもしれない。
何時の日か、満開の桜の下で、コップ酒を一緒に・・・・
春の日は 面影ゆらりと 巡らせて
美しの国へ 我を連れ行く
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